海老蔵の母・堀越希実子の着物のデザインが素晴らしすぎる!麻央との関係は最悪!?

市川海老蔵 母
テレビで愛妻の乳がんについて公表した市川海老蔵さんは、歌舞伎界の芯とも言える成田屋を支える歌舞伎俳優です。

その市川海老蔵さんを育て海老蔵さん・麻央さん夫婦を温かく見守ってきたのは、母親にあたる堀越希実子さん。

今回は海老蔵の母・堀越希実子さんとは一体どんな人物なのか、また希実子さんがデザインした着物や小林麻央さんとの関係について触れていきます!

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堀越希実子のプロフィール

堀越希実子さんは海老蔵さんの父である十二代目市川團十郎の奥様です。

世間では梨園の妻のたいへんさがよく噂されますが、希実子さんは堀越家に嫁いでから懸命にその任を果たされてきました。

後ろ盾の無い中で希実子さんは歌舞伎界に嫁がれるまでは、幅広く不動産関係の仕事をされていたお父様を持つお嬢様でした。

旧姓は庄司希実子さんです。

学習院大学の仏文科を卒業し、十二代目市川團十郎さんに見染められ結婚しました。

当時はまだ十代目市川海老蔵だった十二代目市川團十郎さんの妻として、さまざまな苦労をされたようです。

というのも、歌舞伎の世界は父から子に芸はもちろんのこと、歌舞伎界でのいろいろなことを教えていきます。

奥様もそれに従って支える側としての全てを学んでいくのです。ところが結婚する前に父の十一代目市川團十郎さんは亡くなっていました。

十二代目市川團十郎さんがまだ十代の頃でした。後ろ盾の無い中で成田屋の大看板を背負っての日々はとても難しいことだったでしょう。

禍福は糾える縄の如し、結婚当初は十代目市川海老蔵でしたが、ご夫婦でさまざまな苦難を乗り越えて1985年には十二代目の市川團十郎を襲名します。

その間、希実子さんは1977年に長男の海老蔵さん、1979年には長女の市川ぼたんさんを出産されました。

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希実子さんの着物のデザインが素晴らしすぎる!

希実子さんは梨園の妻としてのお仕事のほかに着物コーディネーターとしても活躍されています。

実際に彼女がデザインされた着物の一例を見てみましょう!

市川海老蔵 母1

シンプルですが、落ち着きがあってとても上品ですね。

白い着物と白鳥が調和しています。

市川海老蔵 母2

ちょっと派手さを加えた着物ですね。

大奥などに出てきそうです。(笑)

市川海老蔵 母3

たくさん着物がありますが、これすべて希実子さんがデザインした着物です!

どの色の着物も華やかさがありますね。

市川海老蔵 母4

実は、麻央さんの着物もデザインしています!

移動用?の着物なのでシンプルな作りになっていますが、似合ってます。

ちなみに、希実子さんは『堀越希実子の着物ごよみ』という書籍も執筆しているようですよ!

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小林麻央との関係は最悪?

上の写真からうかがえるようにある事件が起こるまでは希実子さん麻央さんとの関係はかなり良好でした。

息子の海老蔵さんも順調に成長し麻央さんと結婚して、家族が穏やかに生活をしていた時に西麻布で海老蔵さんが大怪我をするという事件。

母親として心配な日々が続いたようでその不安は麻央さんの方に向かいました。

希実子さんは夫が夜遊びに行くのを止めなかったとして監督不届きで麻央さんを責めたようです。

さらに、今まで心にしまい込んでいたのが爆発したのか

『病院のなかをパジャマのような格好でうろうろして梨園の妻の自覚がない』

『自分ではなく私(希美子さん)に物を持ってこさせる』

『すぐ自分の実家に電話して相談するから困る』

という麻央さんに対する批判も。(元々の原因は海老蔵さんなんですがね。。)

これには麻央さんは相当精神的に来たようで、それ以降一時期不仲な時期が続きました。

希実子さんはそのようなことはないと麻央さんに対する批判を否定し、現在も良好な関係にあると答えていますがどうなのでしょうか?

夫である市川團十郎さんが病に倒れ2013年には亡くなっており、堀越家は「禍福は糾える縄の如し」のことわざが表すような歴史が続いています。

息子の海老蔵さんには2011年に麻央さんとの間に長女・麗禾(れいか)ちゃん、父の亡くなった2013年には長男・勸玄(かんげん)くんが生まれています。

バトンを渡すには適任の良妻賢母である麻央さんは現在乳がんのため闘病中です。

病気に打ち勝って元気に戻って来るまで、どうか協力していってほしいですね。

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